banner_silkroad2.gif (5955 バイト)

このページは渡部靖之氏(青森市在住)が作成したものをMTC21のサイトにUPしたものです
 渡部氏個人のホームページは http://www.infoaomori.ne.jp/~yappi

    

1985年8月。

青森県八戸市のウォーキンググループ

MTC21”の

メンバー37人は、

シルクロード酒泉─敦煌415kmを

10日間かけて歩きました。

熱砂と乾きにさいなまれた

過酷なウォークの模様を再現してみます。

 

 

<日程の概要>

「第?日」をクリックすると詳細へ飛びます。

   区 間

距 離/累計距離

最高気温/湿 度

第1日

酒泉〜

25.8km/ 25.8km

34℃/20%

第2日

嘉峪関〜

52.8km/ 78.6km

34℃/17%

第3日

清泉郷〜

29.0km/107.6km

36℃/18%

第4日

赤金橋〜

43.2km/150.8km

35℃/15%

第5日

玉門鎮〜

53.1km/203.9km

32℃/35%

第6日

橋湾城〜

46.8km/250.7km

42℃/15%

第7日

双塔人民農場〜

43.8km/294.5km

42℃/15%

第8日

安西〜

39.6km/334.1km

40℃/15%

第9日

将軍台〜

46.7km/380.8km

42℃/12%

第10日

   〜莫高窟

34.0km/414.8km

40℃/16

 

<団 員>

日本側─行動班(歩く人)24名+支援班(医師・コック他)13名=37名

中国側─コック4名・医師1名+運転手3名+通訳2名=10名

計47名

 

<団の装備>

 

車両関係─マイクロバス2台、バン1台、トラック1台、自転車2台

 

食料品─インスタントラーメン100個、サバ缶40個、ワカメ30袋、すきこんぶ20袋、

干し大根20袋、するめ等乾物、ナメコ缶10個、

醤油5g、酢3g、砂糖3s、塩3s、ほんだし、その他

 

団装─テント8張、トイレテント2張、シート3枚、

ポリタンク(10g用)10個、携帯用ポリタンク(1g用)4個、

ヘッドランプ8個、ラジカセ・ビデオカメラ各1式、

軍手、マッチ、工具、ホイッスル、電池、ナイフ、その他

 

医薬品─ブドウ糖(点滴用)40本、下痢止め、かぜ薬、湿布薬、カットバン、

整腸剤、頭痛薬、便秘薬、足のマメ薬、その他

 

<ウォークの方法>

1 支援班────────────────────────────────

行動班(ウォーカー)は、支援班なくしては歩けない。

支援班は、マイクロバスを駆り、行動班の先回りをして、

事前に休憩ポイントや宿泊先、食事等の手配をしてくれる。

行動班は、支援班の指示に従ってひたすら歩く。

休憩は、約10qごとに15分のサイクルがとられた。

これは、国内のウォークでもだいたい同じだが、今回は、

暑さと乾き対策として、5qごとに給水が行われた。

給水といっても、もちろん、ナマ水ではなく、

沸かしたお茶をさましたものが供された。

また、休憩ポイントでは、節水のため、主にスイカで乾きをいやした。

スイカは、トラックいっぱい買い込んだ。

 

2 宿泊─────────────────────────────────

宿泊は、オアシス(水のあるところ)でとったが、小さなオアシスでは、

宿泊施設などあるはずもなく、小学校の校舎や農場の倉庫を借りた。

後半になると、オアシスもなくなったため、古代の砦にテントを張って泊まった。

415q÷10日間で、平均的に1日40qちょっとを歩いたのか、というと、

決してそうではなく、宿泊できる場所の都合で、短い日で29q、長い日は53qと、

日によって差があった。

 

3 道路─────────────────────────────────

歩いた道は、酒泉〜敦煌の幹線道路で、簡易舗装もされている。

ゴビタンを東西に貫き、ほぼ直線の道路がえんえんと続く。

道幅は、だいたい4〜5m。

トラックやバスが時折、猛スピードで歩く脇を通り過ぎ、けっこうこわい。

また、地表付近の温度は、50℃近くにまで上がるので、

舗装のタールが溶けて、靴の裏にびちゃびちゃくっつき、たいへん歩きにくいことも。


icon_next.gif (1932 バイト)  第2次シルクロードウォーク 1日目


banner_silktop.gif (2113 バイト)